お題「幻の」「How to」「両親が」

 幻のマホメットが世界を蹂躙した。そのやり方を記したHow to本が世界に出回った。ぼくはそれを読んで世界を蹂躙した。そして今ここにぼくが支配する世界がある。つまりいっつまいわーるど。
 言わなくてもわかる。言わなくてはわからない。そういった様々な事柄がぼくの胸に潜り、ぼくはそれらを口に出すことをしなかった。胃袋の中で感情は腐り、ぼくは黄土色の息を吐いた。
 ぼくには両親がいた。両親が二人ともいた。父親にはニコルという名前があった。母親には名前がなかった。その両方に顔がなかった。
 ある日を境に世界は回転を止めた。ある日を境に世界は音を止めた。ある日を境に世界は死んだ。
 そのときぼくは崖の上に座って、ぼくが蹂躙した世界が死んでいくのを眺めていた。崖はオーストラリアにあって、つまりぼくはオーストラリアの崖の上にいて、そこは地球のへそだったから、つまりぼくは世界の中心に腰掛けていた。漂う腐臭を手のひらで払っていた。
 そのうちにぼくの両親は肺病で死んだ。両親が死んで生まれたのは恋人だった。恋人はこう言った。私がいればそれでいいじゃない、と。傲慢な女だった。ぼくの人生にとって女が欠かせない存在であることを疑わない瞳をしていた。ぼくは吐き気がした。ぼくは実際に吐いた。ゲル状に腐った感情のクズだった。女は地面に撒かれたぼくのドロドロを舐めた。ぼくは既にそういう瞳の女の庇護の下でしか生きられなくなっていた。心の中のぼくは既にオーストラリアの崖の上で事切れていた。
「世界を蹂躙したのはぼくのはずだったのに」 事切れたぼくが地球のへその上で呟いた。月日が経つうちにぼくの体は砂になった。砂になって風に流されていった。流されていったあとには何も残らなかった。
 ぼくはそういった事柄についてずっと悩んでいた。もう何年もこうして崖の上にいた。どうしてこうなったのかと考えていた。どうしてこうなったのかと尋ねると、恋人は「私がいればそんなことどうだっていいじゃない」と答えた。