お題:「片栗粉」「こみ上げる」「係」

「神様が面白半分で私を殴りつけたとき、私はうまく受け身を取ることが出来なかったんだ」
 その女の子はそういう話し方で物語を始めた。ぼくは片栗粉の袋を開けた。大さじ一杯を水で溶いてから中華鍋に落とした。こみ上げてきたのは食欲じゃなかった。
「心の中に、このくらいのカプセルが入っていてね」
 テーブルに皿を置こうとするぼくの顔の前に手を差し出し、人差し指と親指で丸を作った。それは鶏の卵より少し小さいくらいの大きさをしていた。
「それが割れると、中から液体が漏れ出るの。その液体の色は人によって違うの。水色だったり、ピンクだったり」
 ぼくは一滴も零さないように注意深い動きでもって、彼女の皿に中華鍋の中身をよそった。
「神様が私を殴りつけたことに理由なんてないの。ねえ、だって、理由というのは外的な要因であって、そんなものに左右されるなら神様とは呼ばれないわ。神様は最も根源的な”原因”を生み出す係なの。だから神様の行動に理由なんてないのよ、わかるでしょ?」
 ぼくは再びキッチンに戻り、引きだしを開けてスプーンを一本取りだした。
「神様でピンと来ないなら、運命と言い換えてもいいよ。私は運命に殴られて、うまく受け身を取ることができなかった。そのとき、私の中のカプセルは割れてしまった。そして中身が漏れだした。私のカプセルから漏れ出た液体は、濁った黄色をしていた」
 ぼくはスプーンを彼女の皿に添えた。
「一度割れてしまったガラス玉を完全に修復することは出来ないし、ましてや漏れ出た液体を元に戻すことなんて」
 戸棚からナプキンを取り出した。
「不可能なの」
 彼女の前に置いた。
「ねえ」
 何?
「何でもないよ」
 彼女は首を振って見せ、ぼくは手を洗ってから部屋を出た。